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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)12116号

原告

安田隆暢

右訴訟代理人弁護士

笠原慎一

被告

巴屋株式会社

右代表者代表取締役

鈴木進吾

右訴訟代理人弁護士

後藤英三

笹浪恒弘

主文

一  被告は原告に対し金三〇九万七四〇〇円及びこれに対する昭和五七年九月三〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告に対し別紙目録記載の株券一〇枚を引き渡せ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金三〇九万七四〇〇円及びこれに対する昭和五七年八月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  主文第二項、第四項及び第五項と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和二八年四月一日、被告会社に就職し、昭和五七年七月三一日に被告会社を退職するまで二九年四か月間被告会社に在職した。

2  被告会社の就業規則及び給与規程によると、被告会社に満二五年以上勤務した者は、退職時の基本給に勤続年数から一を減じた数を乗じた額の退職金を支給されることになっている。原告の退職時の基本給は一五万九〇〇〇円であった。

3  したがって、原告の退職金は、一五万九〇〇〇円に二八を乗じた四四五万二〇〇〇円となるが、原告はこのうち一三五万四六〇〇円を受領している。よって、被告会社は原告に対し、その余の退職金三〇九万七四〇〇円及びこれに対する原告が被告会社を退職した日の翌日である昭和五七年八月一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

4  被告会社は、昭和五七年一一月一一日、原告の所有に属する別紙目録記載の株券一〇枚を原告から預かったが、その後返還しない。よって、原告は、所有権に基づき、被告会社に対し、右株券の引渡しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  同3のうち、原告が一三五万四六〇〇円を受領したことは認めるが、その余は争う。

3  同4は認める。

三  抗弁

1  被告会社の給与規程第二五条(3)は、同規程第二四条第四項により円満退社と会社が認めなかった者には退職金を支給しない旨規定し、同規程第二四条第四項は、「円満退社とは、就業規則第三五条に定める事項を完全に履行し、会社がそれを認めた場合をいう。」と定めている。そして、被告会社の就業規則第三五条によると、「社員が退職する場合は、会社の指名する後任者に完全に業務引継を行い、会社に金銭上の損害を及ぼさないようにしなければならない。」とされている。

以上によると、退職時の業務引継等が履行されたと被告会社が認定しない場合には、被告会社は退職金を支払わないことができる。

2  原告は被告会社を退職するに際し、次のとおり、前項記載の業務引継義務を履行しなかった。

(一) 原告は、退職時点において、新潟ラファエル幼稚園、下館聖母幼稚園、大船清泉女学園から制服類のデザイン変更の依頼を受けていたのに、右事実を後任者に告げず、そのため被告会社の信用が著しく低下した。

(二) 原告は、退職に際し、取引先との翌年度の注文打合せ時期を毎年一一月下旬から一二月初めと申し送りながら、原告自身が、昭和五七年七月ないし八月ころ、被告会社の取引先である坂本洋服店に赴き、自己が経営する会社に対して発注をさせ、被告会社に多大の損害を与えた。

(三) 原告は、静岡雙葉学園、田園調布雙葉学園、光塩女学院、聖フランシスコ幼稚園、小倉商店が被告会社の取引先であることを十分知りながら、これらの取引先を訪問し、自己への発注を促し、受注するなど信義則、商慣行に違背する行為を重ねた。

被告会社は、原告の右(一)ないし(三)記載の行為により、旧来の取引先を失い、そのために半期で約四〇〇〇万円の売上げ減少をきたした。

3  以上によれば、原告は、退職に際し、業務引継義務を履行したとは認められないから、被告会社を円満に退職したとはいえず、退職金の支払いを受けることはできない。

なお、被告会社の前記の就業規則、給与規程は、昭和五六年ころ被告会社を退職した者が、被告会社の取引先を奪ったため、退職金の支払いをめぐってトラブルが発生し、所轄の労働基準監督署のあっ旋で解決をはかった際、担当官から、今後のトラブルの発生を防止するためには就業規則等を改正したほうがよいとの指摘を受け、取引先の争奪をめぐる紛争を防止するために改正されたものである。原告は、当時、被告会社の取締役として、右改正の目的、経過を熟知していたものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の前段は認め、後段は、被告会社に円満退職と認定するにつき自由裁量の余地がある、という趣旨であれば争う。

2(一)  同2(一)のうち、被告会社の信用が著しく低下したことは不知、その余の事実は否認する。

(二)  同2(二)は否認する。

(三)  同2(三)のうち、原告が静岡雙葉学園、田園調布雙葉学園、光塩女学院、聖フランシスコ幼稚園を訪問し、発注を促したこと、これらの学校から現に受注していることは認める。小倉商店については、電話をしたことがあるのみで、訪問はせず、受注もしていない。これらの行為が信義則、商慣行に違背するとの被告の主張は争う。

3  同3の前段は争う。

五  抗弁に対する原告の主張

1  被告会社の就業規則第三五条には、「社員が退職する場合は、遅滞なく保管、借用品等を返納し、会社の指名する後任者に完全に業務引継を行い、会社に金銭上の損害を及ぼさないようにしなければならない。」とある。この規定の仕方からすれば、同条は、退職に際しての事務上の引継に関し、会社に損害を及ぼさないようにしなければならないとの趣旨と考えられる。したがって、被告主張の事実中、デザイン変更の引継がなかったとの点は一応これに該当すると考えられるが、その余の主張は右就業規則第三五条とは全く関係のない主張であり、主張自体失当である。

2  原告は、昭和五七年六月二〇日ころまでに、原告の後任者になる予定の村田儀一及び被告会社の社長鈴木進吾とともに、被告会社の主な得意先を回り、あいさつをした上、事務引継をほぼ完了した。その時点までに、原告は、被告主張の三校から制服のデザイン変更の依頼を受けていない。これらの三校から制服のデザイン変更の通知があったとすれば、それは右の時点以降のことであり、変更の事実を把握できなかったのは被告会社の責任である。

3  原告が、かつての被告会社の取引先のいくつかと現に取引をしていることは事実であるが、それらは原告が退職後に単独であいさつに行ったりして受注したものである。これは、原告の人柄と長年にわたる誠実な仕事ぶり及び宗教上の理由から、取引先が原告に仕事を発注したもので、何ら商慣習や信義則に違反しない。

第三証拠

証拠に関する事項は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(勤務年数)、同2(退職金の計算方法と退職時の基本給)、同4(原告所有の株券を被告会社が保管していること)の各事実及び原告が退職金のうち一三五万四六〇〇円を受領していることは当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の抗弁(退職金の不支給事由の存在)について検討する。

1  被告会社の給与規程第二五条(3)は、同規程第二四条第四項により円満退社と会社が認めなかったものには退職金を支給しない旨規定し、同規程第二四条第四項は、「円満退社とは、就業規則第三五条に定める事項を完全に履行し、会社がそれを認めた場合をいう。」と定めていることは当事者間に争いがない。成立に争いのない(証拠略)によると、被告会社の就業規則第三五条は、「退職又は解雇時の業務処理」と題して、「自己の都合により退職するときは、突発的事故等により会社がやむをえないと認める場合のほかは、退職願を退職予定日の三〇日以前に会社に提出するものとする。社員が退職する場合は、遅滞なく保管、借用品等を返納し、会社の指名する後任者に完全に業務引継を行い、会社に金銭上の損害を及ぼさないようにしなければならない。」と規定し、第三六条は、「退職又は解雇後の賠償責任」と題して、「社員が在職中故意又は重大な過失により会社に損害を及ぼしたときは、その者の退職又は解雇後も、会社は本人及び保証人に対して損害賠償を請求することができる。」と規定していることが認められる。右に認定した就業規則第三五条の文言、標題、第三六条との関連等を総合して勘案すれば、就業規則第三五条の趣旨は、社員が退職するに際し、後任者に正確かつ完全な業務上の引継を履行しないことにより会社が不測の損害を被ることを未然に防止する点にあるものと認められる。すなわち、同条にいう「後任者に完全に業務引継を行う」とは、当該職務を担当する者として、その立場上当然に知っておかなければならない事務処理上もしくは業務処理上の必要事項を後任者にもれなく引き継ぐことにより、会社が担当者の交替による不測の損害を被ることを防止する趣旨であると解すべきである。したがって、たとえば、社員の退職後の営業活動等により、結果として会社が損害を被る事態が発生したとしても、そのような社員の退職後の行動は、退職に際し後任者に業務引継をすべき義務を履行したか否かとは関係のない事柄であり、就業規則第三五条に定める業務引継義務とは全く別個の問題である。もっとも、会社の営業の種類、性質によっては、社員の退職後の営業活動が退職金不支給事由に該当することもないとはいえないが、それも当該会社の就業規則等にその旨の明文の規定が存する場合にはじめていえることである。被告会社の就業規則等にはそのような明文の規定はなく、また、被告会社の就業規則第三五条及びこれを受けた給与規程第二四条第四項、第二五条が社員の退職後の営業活動を退職金不支給事由として問題にしているものとはとうてい解することができない。

そうすると、被告が抗弁2において業務引継義務を履行しなかった例として主張する(一)ないし(三)の各事実のうち、(二)及び(三)は、原告が在職中又は退職後に被告会社の取引先を訪問し、同取引先から原告自身が注文を受けたことにより、被告会社が損害を被ったことを退職金不支給事由として主張するものであるから、退職に際しての後任者に対する業務引継義務とは関係がなく、主張自体失当というべきである。また、仮に原告が信義則ないし商慣行に違背する行為を重ねたことが何らかの意味で退職金不支給事由になりうるとしても、原告本人及び被告代表者各尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は被告会社を退職するまでは、被告会社のユニフォーム部の部長として担当職務を誠実に遂行していたこと、原告は、被告会社在職中に被告会社の取引先に対し、退職後は自分と取引してほしいと働きかけたり、接触したりしたことはないこと、原告は、退職後一か月ほどして、制服類の販売業をすることを決意し、昭和五七年九月ころから学校関係を中心に取引先を回り、注文をとり始めたこと、原告が、自己の営業のために、坂本洋服店、静岡雙葉学園、田園調布雙葉学園、光塩女学院、聖フランシスコ幼稚園を訪問し、自己への発注を促したのは、被告会社を退職した後の同年九月以降であり、小倉商店に今後取引してほしいとの趣旨で電話をしたのは同年一〇月ころであることが認められ、しかも、これらの取引先に発注を促し、又は注文を受けるにあたり、原告が信義則ないし商慣行に反する営業活動をしたことを認めるに足りる証拠もないから、抗弁2の(二)及び(三)の主張は理由がない。

2  次に、被告の抗弁2(一)について検討する。原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が退職するまでに、新潟ラファエル幼稚園、下館聖母幼稚園、大船清泉女学園から制服類のデザイン変更の依頼はなかったことが認められるから、被告の抗弁2(一)の主張も理由がない。かえって、成立に争いのない(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五七年六月中旬ころ、一〇日間ほどかけて、後任者となる村田儀一及び被告会社社長鈴木進吾とともに、取引先である各地の学校や洋服店を一〇か所近く回り、担当者交替のあいさつをしたこと、原告は、取引先からの注文内容や製品の納期等を記載したファイルを村田儀一に引き継ぎ、退職するまでの間に分らないことがあれば質問してほしい旨伝えていたこと、右村田は、昭和五八年五月ころ、たまたま原告と会って喫茶店で話をした際、原告から引き継いだファイルはきちんとしていたので助かった旨述べ、原告に感謝していたこと、原告が辞めた際、被告会社は、原告が昭和五七年七月末日で円満退社した旨の原告名義のあいさつ状を被告会社の費用で作り、同年八月ころ各取引先に郵送したことが認められるから、原告は後任者に完全に業務引継を行ったものと認めるのが相当である。

3  以上によれば、被告が抗弁2において、退職金不支給事由として主張するもののうち、(一)はそのような事実が認められず、(二)及び(三)は被告会社の給与規程第二五条(3)所定の退職金不支給事由に該当しないから、被告の抗弁は理由がない。なお、被告は、退職金不支給の理由として、原告の営業活動が信義則ないし商慣行に違背するものであることをも主張するもののようであるが、仮にこれが何らかの意味で退職金不支給事由になりうるとしても、これまでに認定した事実を総合すれば、原告の営業活動が信義則ないし商慣行に違背するものであるとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠もないから、被告の右主張も採用できない。

三  前記一の当事者間に争いのない事実によれば、原告の退職金は四四五万二〇〇〇円であること、このうち一三五万四六〇〇円は原告が既に受領していることが認められる。また、成立に争いのない(証拠略)によれば、被告会社の給与規程第二九条は、退職金は退職の日から六〇日以内に支払う旨定めていることが認められる。したがって、原告の退職金に関する請求は、原告が被告に対し退職金の残額三〇九万七四〇〇円及びこれに対する退職日の翌日から六〇日を経過した昭和五七年九月三〇日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。更に、前記一の当事者間に争いのない事実によれば、被告は別紙目録記載の株券一〇枚を原告に引き渡す義務がある。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、主文第一、二項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条ただし書を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢崎博一)

目録

被告会社発行の左記番号の一〇〇〇株券(一株の額面金額五〇円)各一枚 合計一〇枚

1―E 28

1―E 29

1―E 30

1―E 206

1―E 207

1―E 208

2―E 07

2―E 08

2―E 09

2―E 10

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